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    こんにちは♪よーへい(@campanella225)です。

    友人・知人と会うためのアポイントを取るとき、どんな風に誘っていますか?

    友人P
    来週、飲みに行かない??♪
    よーへい
    いいけど、何かあったの??
    友人P
    特にそういうわけじゃないけどさ、たまには飲みに行きたいなぁ〜って
    よーへい
    先月も行ったよね?…(大した話もないんだろうなぁ)

    「飲みに行きませんか?」とか、「時間あったらご飯にでも行きましょう。」という言葉で友達を誘うことって多いと思います。でも最近、思うところがあって、僕はその誘い方をを可能な限り止めようと決めて過ごしてました。

     

    飲みに行きませんか?の言葉の裏側

    この言葉、皆さんも使っていますよね?僕も同じように誘われる事があります。おそらく大した意識もなく使われているのでしょう。

    その意識もなく使っている・使われている言葉によって自分の時間や相手の時間が奪われている事に気がついてしまったのです。このままのスタンスで良いのか?自分の時間を有意義に使っていけないだろうか?そんなことを考え始めていました。

    その結果、「時間」の使い方、つまりは『時間=自分の命』において誰とどこで何をするか?という人生の割振りを真剣に考える事になった。

    はっきり言って、「飲みに行きませんか?」とか、「時間あったらご飯にでも行きましょう。」という言葉、「僕の暇つぶしに付き合ってくれませんか?」と同じ意味合いで言われているのではないでしょうか?

    きっかけはブログを始めた事

    このブログを始めてみて気がついたのは、自分の文章を書く速度の遅さ。

    書くにつれて速くはなってきていますが、やっぱりある程度の時間が必要となります。その時間をどうやって造り出そうか?僕は好き好んで今の仕事をしているので、仕事の時間を削る事も出来ないですし、休日にまとめて書こうか?とも考えたのですが、休日は子供達と過ごす事に時間を使いたい。

    そんな中で無意識に消費している時間として頭に浮かんだのが、この「飲みに行く」という時間だった。

    その意味のない友人との時間、本当に必要ですか?

    誰かを食事や飲みに誘う時、もちろんその人と話がしたいと思っていたり、近況を話したいという事が頭にあると思うんです。ですが、近況を話すのであれば電話で済んだりもしますし、SNSを使っている友人であればそれを見ていれば大体の事がわかります。

    単純にお酒が飲みたいだけなら一人で飲みに行けばいいですし、こだわらなければコンビニで手に入ります。

    では、どんな理由であれば誘うに値するのか

    本当に自分のやりたい事のために時間を使うのか、何となく会って話がしたいなってくらいの事に自分と相手の時間を使ってしまうのか?天秤にかけると、そんなに多くの人に会う必要も価値も見出せなくなってこないだろうか。

    結局、そんなに多くの人と会う必要ってない

    そうやって突き詰めていくと、誰とも会わなくなります。正直、僕はそうなってしまった。ほとんど会う必要がない。それよりも、ブログを書いたり、音楽も聴きたいですし、読書もしたい、ワイン作りの事ももっと調べていきたいですし、やりたい事なんてめちゃくちゃいっぱいある。

    それでも、会いたいと思う人には電話で済む話でも、SNS見ればわかるような事でも会って話がしたいと思う人もいる。

    その部分の違いってなんだろう…

    考えているけど、明確な言葉にならなくて困ってます(笑)でも、愚痴は聞きたくないですね。…愚痴しか話さない人とは会いたくない。友達でも。

    自分の時間を安売りしない

    自分から誘うことについても慎重になったけれど、お誘いに乗るか乗らないかも考えるようになった。

    誘ってくれる人は何の目的で自分に声をかけてくれたのか?もちろん必要とされているなら参加するけれど、何となくなら会わない。思い出話に花を咲かすだけなら行きたくない。

    こうやって書いていると自分自身で感じ悪いな〜って思うけれど、自分の時間は自分で管理しなければただただ過ぎ去っていってしまう。気付いたら年をとっていた…なんて事になりかねない。

    そうやって過ぎ去ってしまった時間はたくさんあるし、それをもったいなかったとも思っていはいないけれど、今この瞬間にベストを尽くす。それだけだと思うのです。今、死んだとしてもやるべきことはやってきたと言える時間の使い方をしていきたいですね。

    僕がこんな風に考えられるようになったのはこれらの本での学びが大きく関係している。ぜひ、手に取ってみてください!

    ↓そうかも!って感じられた方にはオススメの本。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    33歳、二人の男の子の父親してます。レコーディング・エンジニア。「丁寧に生きる」をテーマに本質的な生き方を求めています。農業/発酵/ロケットストーブ/ワイン/ビール/里山/狩猟/愛知県