小さなこだわりの中の美意識

美意識

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とくにこだわりが無い。僕自身はそう思って生きているのだけど、周囲からはそのように見られていないコトが多々ある。

その1つの例として「食」がある。

僕の畑では完全に無農薬を通している。肥料もほぼ使っていないんだけど、使うとしたら完熟した有機肥料のみ。米作りにおいても昨年度からは無農薬、有機肥料栽培にしている。

確かに、こういう人がいたら「食」にこだわってそうだなぁって思うよね。僕だったら思うよ。

何が言いたいかというとさ、「こだわる」って明確な意識が必要なんだよね。こういうものが正しい。こういう姿が美しい。そういった、美意識なんだよ。

一方、僕の場合はスタートが美意識ではない。実利や楽しみからスタートしていることが多いんだ。ゆえに自分の意識にはこだわっているつもりが薄いんだろうと思ってる。

で、1つ浮かぶ。行動が美意識を作っていくのか、美意識が行動を決めていくのか?と。

行動の先の美意識

さっきも書いたけれど、僕は行動が先にくる。思想や美意識など何もないところからスタートする。

例えば、先に書いたような畑。無農薬、有機肥料での栽培。当初、そんなつもりはなかったんだ。でも、小さな畑だしより美味しいものを食べたいよね。それだけが原点なんですよね。

世の中的に「有機野菜は美味い!」って妄信的に言われていたからね。それならやってみるかって。

そうして1年、2年とやっていくうちにおぼろげながらのこだわりが生まれる。それを少しずつ育てていく。育っていくというか、育っていってしまう。

結果、「もう畑は耕さない!」って僕は決めたんです。これって美味い野菜が食べたい&作りたいというよりは、美意識なんですよね。

自然から受けてきた贈与に対して、僕が出来る自然への贈与をする。そういう感覚なんです。そう、これは完全に美意識。僕の中で。こうありたいと思って決めた。

美意識からの行動って難しくない?

でね、逆パターンを考えてみているんだけど…結構、難しくないですか?

けっこうなダメ人間というか意思の弱い人間なんですね、ぼく。その上に人から言われたことってどうしても動きが鈍る。学べない男ですね…実践からしか学べない。書き始めるとヤバいな(笑)

皆さんはどうなんだろう?

小さなこだわりに美意識が宿っている

仮に僕と同じように意識からは動けない派もいるだろうし、そんなことないですよ?って人もいると思う。どちらでもそこは良いんだ。

僕が言いたいのは、大してこだわっていないよとか、美意識なんて持っていないよって思っているような、自分にとっては「ごく当たり前」の中に美意識やこだわりって隠れているんだろうなってこと。

そう思うと、色んな人の小さなこだわりが愛おしく感じられる気がするんだよね。気がするだけかもしれないけど。

そして、当たり前に埋もれてしまった自分の小さなこだわりをたまには見つめてみるのもいいと思いますよ。

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33歳、二人の男の子の父親してます。レコーディング・エンジニア。「丁寧に生きる」をテーマに本質的な生き方を求めています。農業/発酵/ロケットストーブ/ワイン/ビール/里山/狩猟/愛知県