モヤモヤとの対峙。

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生きているとモヤモヤと遭遇することがある。なんなら、多々あると言ってもいい。多くの人がそうであるのか、僕がそういう性のもとで生きているのかは…はなはだ疑問だけど、生きてく中でモヤモヤに遭遇する。

というのも、この1ヶ月ほどはそれが色濃かったのです。

米づくりの除草作業もひと段落してきた八月中旬。入れ替わるように家庭菜園が忙しくなる。

残暑の厳しい中、秋野菜冬野菜って種まきをするんですよ?意外じゃないですか?収穫時期から計算すれば当然のことなんだけど、実際にやったことがないと想像できないことだったなぁと我ながらに感じる。

その間、麹の勉強会に参加してみたり麹作りに変化をつけてみたりと充実した日々を送っていた。

でも、そこにあるモヤモヤっ!!

充実している反面、一方では充実していない自分もいる。幸せなのに、もっと幸せを求める自分がいる。「お前、どうしたいんだよ?」と自分に問いかける。

それがモヤモヤの正体だろう。

今をぶち壊すのか、欲求を忘れるか

これまでも、そんなモヤモヤと対峙しながら生きてきた。そのモヤモヤの根源はさっきの話の通り「どうしたいの?」という問い。

自分の年齢や、状況によってその問いのテクスチャーは変化する。実際、年齢というのはあまり大きく関係しないけれど年齢を経てきたからそう感じるんだろうな。

そんなモヤモヤに対して、どう向き合ってきたのかを自分なりに振り返ってみると僕は基本的に「壊す、リセット」を選んできたように思う。

断絶させること。全く違う環境に身をおくだったり、友人関係も繋がりを断つ。ある意味で手っ取り早い方法だった。

わかりやすくモヤモヤへの回答をえられる。

これまでの自分ではなく、今の自分の欲求へ素直に向かう。僕はそれが正解だと思っていたし、今も同じように考えている。多少の迷いはあっても、「行っちゃえ〜!!」で進む。

そこに至らないものは諦めて忘れることにしてきた。

そう、今も基本はそう考えている自分もいるけれど、そこに疑問を感じる自分もいる。それが今。

一歩一歩、1つ1つを続けていく。

疑問を感じている自分。どこに疑問を感じているのか?それはこの乱暴なモヤモヤ解決方法に必然性があるのかないのか?ってこと。

力ずくで進むことは出来る。やってしまえばいいんだから。

やってしまえばいいんだけど、どこのタイミングで「バンっ!」と表へ出るのか?そこに必然性が必要だと考えるようになった。

でも、そんな必然性を見極められるのか?っていったらよくわからない。そんなのわかれば苦労しないし、モヤモヤもしないわけですよ。

だったらどうする…?

今のところの僕の回答は、坦々と続けることだ。モヤモヤと対峙しながら、一歩一歩、1つ1つを続けていく。米づくりと麹づくりがそれに当たる。

続けなきゃいけないとか、そういうことではなくて、僕は続けていきたいから続けていくことを大切にしたいってこと。

モヤモヤの解決のための行動ではなくて、続けていくことでこの霧を晴らしたい。

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ABOUTこの記事をかいた人

33歳、二人の男の子の父親してます。レコーディング・エンジニア。「丁寧に生きる」をテーマに本質的な生き方を求めています。農業/発酵/ロケットストーブ/ワイン/ビール/里山/狩猟/愛知県