やはり経験や慣れ、というのは強いなぁと感じている。
なんの話かといえば、今年で3年目になる田んぼの話。「石の上にも三年」とはよく言ったもんで3年続けていると色々と上達というのか慣れというのか変化が自分自身でもわかってくる。
今回のことでいえば、田んぼの中を歩く僕自身の速度だ。いつから、こんなに歩けるようになったんだろうと不思議でならない。自分のことなのにさ。
僕の田んぼは深めだ。あっ、実は田んぼってそれぞれ深さが違うんですよ。同じ田んぼの中でもあの辺りは深め、あの辺りは少し浅い…とかあるんですよね。
でね、僕の田んぼは深めなんですよ。
3年前はめちゃくちゃ足を取られまくって、足が抜けなくなってしまったり、実際に尻もちをついたことだって1回や2回じゃない…(笑)それが、今ではぬかるみに足を取られるなんて事はほぼないし、足が抜けないってどうやるんだろって疑問。
ちゃんとコツはあるんだけど、考えて動いてはいない。自転車に乗れるようになるのと同じ感覚かな。
こうして思うと続けるって難しいんだよね。「始める」よりも「続ける」の方が難しい。
「田んぼ3年目です。」言葉にすればそれだけなんだけど、続けてきたんだなぁと自分の中で感じるものはあるんだよ。
別に続けることが絶対的に正義だなんて話がしたいわけじゃなくてさ。
確かに継続することでしか身につかないこともあるし、見えない景色もある。
継続しないで方法を変えてみたり、そもそもやめちゃって離れてみたり…。それはそれでしか見えないものがあるし、手にできないことがある。どちらも真理だろうと僕は感じる。
そして、僕はどちらかと言えば逃げる方なんだ。大学も辞めちゃったし、東京暮らしや会社も逃げてきてしまった。もう少し踏ん張れよって周囲にも言われてきたけれど、出来なかった。
だから、3年ではあるけれど続けてきて、自分自身で成長を感じてってことが出来ていることに少なからずの希望を見せられているような気持ちになるんだよね。
こうやって続けようってんじゃなくて、続けてきちゃったって感じで進んでいくんだろうな。米作りと発酵に関しては。
もちろん、その中で踏ん張りどころがあり、局面って出てくるんだけど。
そんなこと思いながら、米作りに勤しむ日々を送ってます。
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