古民家で感じた「おかえり感」と「〇〇体験」について

夕暮れ

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どーも。よーへい(@campanella225)です!

岐阜県郡上市にあるNPO法人「こうじびら山の家」。キャンプ場跡地に建っていた古民家を改修し、そこを自然学校とキャンプ場として使用しています。

代表理事さんが友人の友人ということで…1泊2日で「田舎暮らし」をしてきました。というのを、前回の記事で書きました。

今回はその時に感じた「おかえり」感について。そして、僕にとって「おかえり感」の示すもの。

「こうじびら山の家」の情報

まずは「こうじびら山の家」の基本情報から。

住所
〒501-4306
岐阜県郡上市明宝畑佐137番地3−3
電話番号
0575-87-3039

古民家の玄関で感じた「おかえり」感

前回の写真と同じなのですが、一泊させてもらった古民家がこれ。

古民家

とっても立派な古民家です。本当に大きい。もともとは民家というよりはキャンプ場の管理棟だったのかな…

とまぁ、いわゆる「田舎」の家屋にやってきた。その玄関に一歩足を踏み入れる。

古民家

ものすごい「おかえり感」を感じたの。

ここに来るのはもちろん初めて。既視感というのでも、デジャ・ヴーでもない。「帰ってきた〜!」って感覚でもない。ただ、「おかえり」って言われている感覚だけは感じた。

これと同じような話では正月に行った沖縄の久高島も同じだった。

この勝手に名付けている「おかえり感」という感覚。懐かしさと言ってしまえば、それだけのような気もする。

でも明らかに違うのは、一方的に言われているだけなんだよね。こちらからは「ただいま!」っていう気持ちはない。ただただ、迎え入れてくれている感覚。

「体験」しに行っているから感じる

ちょっと話がそれるのかもしれないけど、「〇〇体験」ってありますよね?今回の僕で言えば、「田舎暮らし体験」。他にも「田植え体験」とか、「農業体験」…

数限りなく存在する「〇〇体験」。僕も参加してきた経験があります。

そんな中で最近感じるのは「〇〇体験」って、あくまで「体験」でしかないんだよなってことなんですよね。「体験」して、そこで終わってしまう。

もちろん、その「体験」を通して感じる様々なことがある。

感じたり、考えた結果が「また、行きたいな〜」とか「また、やってみたいな〜」っていうのでは何も始まらない。いつまでも、「体験」をしたいだけになってしまう。

そんな「体験」としてしか捉えられないことに僕は「おかえり感」を感じているのかもしれない。また、出かけて行ってしまうからね。

そして、いつ帰ってくるか決まっているわけでもなく「気が向いたら行ってみる」くらいのものなんだ。だから、「ただいま」を言う気持ちも特には湧かない。

「体験」から「実践」へ

こんな書き方をしていると「〇〇体験」を否定しているように感じる人もいるのかもしれない。でも、そんなつもりではないんですよ。

「〇〇体験」は、それを実践に移していく人のきっかけになりますからね。その「実践」に移していく人というのが、ごく少ない。

「体験」を通して「何か」を得られたという満足感。そこで多くの人の欲求は満たされている。

その先にどうやって人を巻き込んでいくのか?

やっぱり「人」なのかなと感じている。また、考えが言葉になったら書いてみよう。

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