「何かしたい。」を「次はこうしたい。」に変えていく

sprout

スポンサーリンク




先日、35歳になりました。

ちょうど五年前、30歳になったときに考えいてた。次の5年で何かを見つけたい。そして、35歳になる頃に一つの区切りをつけよう、次の段階というかターン、ピリオドに入ろうって。

とか書き始めたのが誕生日の翌日。散々、書いた挙句に全消しして書きなおし…そろそろ、こういうのを止める1年にしたいものです。

そんな新たな歳が始まった直後に名古屋ポップアップアーティストのギタリスト・森本章裕さん(@AkihiroMorimoto )と話す機会があった。

寒空の下、小一時間も話し込んでしまったんだけど「働き方、生き方、これからやりたいこと」とかそういった話をとめどなくお互いに話した。

その時に感じたことをまとめると、

「何かしなきゃ。」「何かしたいなぁ。」のワナ

「何かしなきゃ。」「何かしたいなぁ。」って時期って何となくは面白かったりするんですよね。構想やアイディア、この「何かしなきゃ。」「何かしたいなぁ。」な人と集まって話したりさ。

何となく活動している気分にもなれてしまう。

『…で、実際に何か始まりましたか?』

っていうと何となく楽しかった時間と気疲れくらいが残る。同時に何も進んでいない自分へのイライラと焦りがつのっちゃうって負のスパイラル。

そこで満足できるなら、それはそれで良いんだと思うんだよね。語り合って楽しかった。うん、それでもOK。

ただ、僕はそれはストレスにしかならなかった。

種を蒔いてみる

どれだけ想像してみたりアイディアを出してみても、作物は実ることはない。もし、そんな発明が可能になったら世界の食糧事情は万事解決!素敵な世の中だと思う。

実際にはどんな栽培方法をとったとしても種を蒔いてみるしかスタートしない。

それと同じなんですよね。

まずは種を蒔いてみる事からしか始まらない。それって、つまりは自分の手足を動かすという事じゃないかな。

まずは興味があるものを手当たり次第に始めてみる。一人で調べてみて実践。わからなければ先人を探す。Twitterで検索すれば1人くらいは出てくると思う。

「やっと芽が出てきた感覚がある。」

最短距離で走る方法もあるんだろうけど。コツコツと積み上げていく。これしかないんだよね。

音楽でも農業でも同じ。

すぐには反応がなくて、それでも水をあげて世話をして。育たないで枯れてしまうこともあったりして。先日の「ジャンプアップしようとしていないかい?」にも繋がるんだけどね。

冒頭に書いていた森本くんとも盛り上がったんだけど、やってても反応って簡単には得られない。二人して「やっと芽が出てきた気がする。」というのが今の気持ちだった。

もちろん、めっちゃくちゃそういうのが上手い人もいる。SNSを見てればわかると思うけど。

そうやって上手い人のマネも必要だなと感じつつも、自分のことを淡々と進め、淡々と発信する。

その効果がやっと少し感じられるようになったなぁという実感が「やっと芽が出てきた気がする。」という言葉に集約されていたように感じるんですよ。

書きながら、僕は発信が下手だなぁと反省するんだけど(ほんと、ちゃんとやろう…)。

残った芽が今ある自分

特にこの5年くらいは種まき時期だったのだけど、生きている中で多かれ少なかれ種を蒔いていると思う。

その中で上手く芽を出したもの、育てられたものの集合が今の自分を作っていると感じる。

そこから他の誰かの作物と交換したり共同で育ててみたり。そういうのが経済活動になっていく。そう感じ始めています。

「何かしなきゃ」の呪縛からやっと解放されつつある。芽が出始めると「何かしなきゃ」が「次、こうしたい。」に変わってくるんですよね。

それが大きな変化なのか、小さな変化なのか他人と比較するんじゃなくて、自分の作りたいモノ(ここで言えば自分の暮らしや人生、環境ということになるんだけど)をどう作っていくのかを見据えていけると幸せじゃないかな。

ここにたどり着いた誰かにとって、何かの参考になればと思います。

こちらの記事もオススメです

いつか来る日のために「動機」を大切にしろ。師匠はそう言った。

世界のどこかに仲間はいる

【映画・人生フルーツ】「ときをためて」こつこつと生きていく。

家族という名の共同体を感じる日々。

スポンサーリンク
sprout

この記事のシェアはこちらから♪

ABOUTこの記事をかいた人

33歳、二人の男の子の父親してます。レコーディング・エンジニア。「丁寧に生きる」をテーマに本質的な生き方を求めています。農業/発酵/ロケットストーブ/ワイン/ビール/里山/狩猟/愛知県